京都・大阪旅行2日目 新撰組
京都2日目は駅前の地下街にある【イノダコーヒー】で朝食をとってスタート( ^ω^ )
まずは金閣寺
中学校時代の修学旅行では寺なんか見てどうすんだ…って思ったけど、昨日の二条城もだけど大人に成って見るとチャント歴史を感じながら観れるなぁ。
昔も金閣寺に来てるはずなのに…こんなに美しいなんて記憶に無いもん。マジで綺麗♪
500円払えば抹茶も飲めるの♪
金閣寺を後にして私の京都旅行のメイン新撰組ゆかりの地に出発・:*+.\*1/.:+
まずは島原に
島原大門、幕末時には新撰組隊士や維新志士達がこの門をくぐり花街に繰り出していたんだよねぇ♪私も昨日はキャバクラで馬鹿騒ぎして来たケドwいつの時代も男のやる事は変わらないな笑
角屋は新撰組筆頭局長だった芹沢鴨が、同じ新撰組の近藤派閥に殺される直前まで飲んでいた揚屋。
輪違屋。
私の一番好きな小説家【浅田次郎】氏の新撰組を題材にした【壬生義士伝】の続編【輪違屋 糸里】の舞台。新撰組の時代は【養花楼】と言う店名だった様だが…当時から営業していたので新撰組隊士が通っていても不思議では無い。
島原に隣接している新撰組の京都での最後の屯所だった西本願寺に寄って京雀達が新撰組の事を【壬生狼】と呼んだ語源に成った壬生に。
壬生の狼【壬生狼】カッコイイ!
しかし…これは多分後付けだろうな。後の新撰組が京都に来るキッカケに成った清川八郎による14代将軍徳川家茂の上洛の警護の為に集められた【浪士組】が京で割れて京都に残った芹沢鴨率いる水戸派と近藤勇率いる試衛館派の隊名が新撰組の前身である【壬生浪士組】。この壬生浪士組を略して【みぶろ】と呼ばれていた。
壬生浪士組時代から新撰組の稽古場として隊士が汗を流していたり、後の新撰組1番隊組長沖田総司が近所の子供達を集めて遊んでいたとされる【壬生寺】
壬生寺の境内には新撰組ゆかりの物が沢山有る。そして壬生寺に隣接している新撰組最初の屯所【八木邸】へ。
今も八木邸は子孫の方が住んでいて、当時の母屋を公開して離れだった場所で和菓子屋さんを営んでいる。入館料1200円だったかな?を払うと母屋の見学を出来て最後に抹茶と和菓子をいただける。
残念ながら内部は撮影禁止。
ガイドとして簡単な説明もしてくれるが…新撰組ファンなら誰でも知っている内容だったw
ただ芹沢鴨と平山五郎が八木邸の母屋で殺された時の事は当時の女将さんから引き継がれている様で、どこそこに血が付いてたとか、芹沢鴨が殺される直前につまずいた机がコレだとかは興味深かったな。
ちなみに唯一殺されずに逃げた平間重助が一緒に寝ていたのが前述の輪違屋の糸里さんと言われてるのも興味深いね。
旧前川邸。
新撰組隊士が増えて八木邸には入りきらなくなり近藤勇率いる試衛館派は前川邸に移動する。八木邸の母屋を使っていたのが芹沢鴨率いる水戸派で試衛館派は離れ。そして前川邸に出される事を見ても芹沢鴨と近藤勇の壬生浪士組での
力関係が分かるね。ここから平間重助を除く水戸派を全員殺して試衛館派が中心になるんだから凄い時代だよΣ(゚д゚lll)
新撰組を堪能して嵐山に向かい嵯峨嵐山駅からトロッコに乗らに行く。
切符を買いに行くと受付のオバチャンが一車両だけ窓の無い特別車両がまだ空いてるけどどうする?って聞いて来たので、当然特別車両にするでしょw
本当はこの川を船で下って嵐山に帰りたかったんだけど…この日は川下りが終わってしまってたから、終点で降りてJRの駅までトコトコ10分程歩き京都駅に帰った。
【京都2日目の感想】
この日は主に新撰組巡りをして来たんだけど…本で読んだ場所や建築物を実際の目で見れたのには感動したなぁ♪
残念だったのは一番行きたかったラーメン店【極鶏】と豆餅【ふたば】が夏休みで【川下り】も間に合わず出来なかった事だな。
次回は京都で食べたオススメの割烹を書くどすwww
*1: °ω°